和歌山地方裁判所 昭和62年(行ウ)1号 判決 1988年8月17日
原告
中あき美
右訴訟代理人弁護士
松丸正
被告
和歌山労働基準監督署長橋爪俊幸
右指定代理人
田中皖洋
同
玉井勝洋
同
山本聖峰
同
水流猛
同
坂本憲三
同
松尾貞子
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、原告に対し、昭和五九年八月七日付でなした労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による休業補償給付(昭和五九年四月一日から同年六月一日まで及び同月二日から同年七月一三日までの分)の各不支給処分と同年一一月一二日付でなした同法による療養補償給付の支給決定取消処分を、いずれも取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、訴外中尾塗料商事株式会社に勤務し、コンピューター操作に従事していた。
2 原告は、昭和五六年三月三日堀口整形外科病院で診察を受けた結果、右前腕腱鞘炎、右手根管炎と診断され、労災保険法上の業務上の傷病と認定された。原告は、さらに同年一〇月二〇日国立大阪南病院で頸腕症候群と診断され、労災保険法に基づき、同年五月一六日から昭和五九年三月二日までの休業補償給付と昭和五六年三月三日から昭和五九年八月三一日までの療養補償給付の支給を受けた。
3 原告は、被告に対し、昭和五九年三月三日から同年六月一日まで、及び同月二日から同年七月一三日までの各休業補償給付の請求を行ったが、被告は、治療を継続しても医療効果は期待できないとして、原告の頸腕症候群の症状固定を昭和五九年三月二日と決定し、同年八月七日、原告の右各請求に対し、同年三月三日から同年六月一日まで及び同月二日から同年七月一三日までの各休業補償給付を支給しない旨の処分(以下「本件各不支給処分」という。)をし、さらに、被告は、同年一一月一二日、原告に対しすでに支給されていた同年四月一日以降同年八月三一日までの療養補償給付についてその支給を取消す旨の処分(以下「本件支給取消処分」という。)を行なった。
4 原告は、被告の右各処分を不服とし、和歌山労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、昭和五九年一二月二〇日に棄却され、さらに、昭和六〇年二月一九日労働保険審査会に再審査請求したところ、同審査会は、昭和六一年一二月一一日、原告の頸腕症候群の症状固定を昭和五九年三月二日であるとした被告の判断は誤っているとして、同年三月三日から同月三一日までの期間に係る休業補償給付については不支給の処分を取消す決定をしたが、その余の同年四月一日以降の休業補償給付及びすでに受けてしまっている療養補償給付に関する被告の各処分については、再審査請求を棄却する旨の裁決した。
5 原告は、昭和五九年四月一日以降、国立大阪南病院で医師博田節夫の治療を受け、同年一二月二八日以降和歌山県立医科大学附属病院神経科で医師安井昌之、医師百溪陽三の治療を受け、現在、頸、右腕、手首及び肩等の痛みを訴え、慢性疼痛、頸腕症候群の疑と診断され、さらに治療効果が期待される状態で休業加療中である。したがって、原告は治癒(症状固定)していないので被告の行った各処分は、あらかじめ用意された症状固定という結論を急いだため、現場の真実を見つめようとせず、医証を無視した、いわゆるはめこみ式の違法なものである。
よって、原告は、被告に対し、労災保険法の休業補償給付及び療養補償給付の各請求権に基づき、被告による本件各不支給処分の取消と本件支給取消処分の取消を、それぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1ないし4の事実は認める。5の主張は争う。
三 被告の主張
原告の診療にあたった医師博田節夫(以下「博田医師」という。)は、その臨床所見から、原告の頸腕症候群の症状は昭和五七年三月三日の時点において身体的にはすでに治癒していると判断し、その後作業的療法により心理的アプローチを主に精神的症状に対する治療を行ってきたが、その結果依然として変化が見られなかったので、昭和五九年三月三一日をもって原告の疾病は治癒(症状固定)したものと判断した。
被告は、担当医師である博田医師の臨床所見からみて、原告の頸腕症候群は右同日をもって治癒したと認定したものであり、右認定に基づき、被告が昭和五九年八月七日行った本件各不支給処分(被告が昭和五九年三月三日から同年六月二日までの休業補償給付を支給しない旨決定した処分について、その不支給処分のうち、昭和五九年三月三日から同月三一日までの期間にかかる部分は、労働保険審査会の決定により取り消された。)及び同年一一月一二日行った本件支給取消処分は、いずれも適法である。
四 被告の主張に対する認否
否認又は争う。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因1ないし4の各事実は当事者間に争いがない。
二 被告による本件各不支給処分(本件各不支給処分のうち、昭和五九年三月三日から同年六月一日までの休業補償給付を支給しない旨決定した被告の処分のうち、同年三月三日から同月三一日までの期間に係る部分が、原告の再審査請求に基づき、昭和六一年一二月一一日労働保険審査会によって取消された事実は前記のとおり当事者間に争いがないので、右不支給処分についてはその変更後維持された部分)及び本件支給取消処分が適法であるか否かについて判断する。
(証拠略)、原告本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)を総合すると、次の各事実が認められ、この認定に反する原告本人尋問の結果は信用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
1(一) 原告は、昭和五六年一〇月二〇日国立大阪南病院において博田医師の診察を初めて受けた際、同医師に対し右上肢の脱力、右手関節痛を訴えたが、原告に他覚的な異常所見は認められなかった。その後、原告は、同年一一月四日大阪南病院に入院し、博田医師から温熱療法、関節運動学的アプローチ、運動療法等の理学療法を中心とする治療を受けたところ、入院から一か月ほど経過した時点で、原告の頸腕症候群の身体的症状はほぼ改善された状態になった、しかし、原告は、そのころから他の部位に症状を訴えるようになり、博田医師がこれを治療しようとすると吐き気などの拒絶反応を示し、さらに全身の脱力、起立不能の発作を起こすようになったため、同医師の勧めにより昭和五七年二月九日大阪南病院の精神科を受診したところ、ヒステリーの可能性有りとの診断を受けた。
(二) 原告は、昭和五七年三月三日大阪南病院を退院し、和歌山生協病院等に入院した後、昭和五八年五月再度大阪南病院を訪れ受診し、その際、愁訴として頸部痛、目のかすみ、吐き気などを訴えていたが、原告には、頸腕症候群の他覚的な身体的異常は認められなかった。そして、原告は、同病院において昭和五九年三月まで頸腕症候群に対する治療として作業療法による上肢使用訓練などを受けたが、原告の症状に根本的な変化は認められなかった。
(三) 原告は、昭和五八年一二月頃から復職を希望するようになり、次第に精神的にも安定し、博田医師から頸腕症状は著しく改善した旨の診断書の発行も受けたうえ、昭和五九年三月に復職すべく待機していたが、実現しなかった。
2(一) 博田医師は、一般的に、頸腕症候群の症状は関節運動学的アプローチにより一週間程度で消え、定期的又は不定期的に再発することもあるが、その場合には仙腸関節機能の異常を伴うことが多く、また、身体的痛みとして説明できないような症状を示すものは稀であること、昭和五六年一〇月二〇日の原告の初診時の症状は、原告の入院後およそ一か月経過した時点で認められなくなり、原告の頸腕症候群を客観的に証明する根拠がなくなったこと、その後の原告の症状は、当初の頸腕症状とは全く異なったものであり、医学的には頸腕症候群に因る身体的症状としては説明しにくく、むしろ、それは精神的な症状であると判断されること、原告の精神状態が昭和五八年一一月以降昭和五九年二月末ころまで安定した状態にあったこと等を理由として、原告の頸腕症候群は昭和五九年三月三一日に治癒したものと診断し、同年四月一八日、その旨を記載した診断書及び原告の頸腕症候群について身体的治療は不要であり、精神療法が必要である旨を記載した診断書をそれぞれ発行したほか、同年七月一八日、被告から原告の労災保険法上の給付について調査の復命を受けた労働事務官に対し、原告の頸腕症候群は同年三月二日に治癒したと考える旨述べるなどした。
(二) 博田医師は、昭和五九年五月一一日付で原告の傷病名を頸腕症候群とし、今後三月間休業加療を要する旨の診断書を発行し、また、原告が同年六月一日及び七月一三日に休業補償給付支給請求をするに際して、治療担当者として、原告が頸腕症候群によって同年三月三日以降療養継続中である旨の証明書を作成しているが、特に右証明書は、就労待機中であった原告から労働基準監督署の許可を得ている旨の説明を受けた博田医師が、原告の再三の要求に応じて作成したものであり、右診断書及び証明書のいずれについても、同医師が、原告の頸腕症候群は医学的に見て未だ治癒しておらずなおその治療を要するとの判断に基づいて作成したものではない。
3 被告は、前記1で認定したとおりの原告の治療経過を調査したうえ、博田医師による所見を参酌して、原告の頸腕症候群は昭和五九年三月二日治癒したものと判断し、右判断に基づいて同年八月七日本件各不支給処分を、同年一一月一二日本件支給取消処分をそれぞれ行った。
三 労災保険法上、療養補償給付は労働者が業務上負傷し又は病気にかかり療養を必要とする場合に、休業補償給付は労働者が業務上の傷病のために働くことができないために賃金の支払を受けない場合に、それぞれ支給され、いずれも原因たる傷病が治癒したと認められるときまで給付が続けられるものであるところ、右にいう「治癒」とは、療養中の労働者の傷病の状態が固定して引き続き療養の必要がなくなったと認めるにいたったときであり、特に疾病の場合には、「急性症状が消退し、慢性症状は持続していてもその症状が安定し療養を継続しても医療効果を期待することができない状態になったと判断されるにいたったとき」であると解するのが相当である。
本件について案ずるに、前記二において認定した各事実に照らすと、原告の頸腕症候群の症状は、遅くとも昭和五九年三月三一日にはすべて消退した事実が認められ、原告の頸腕症候群はその時点においてすでに治癒したものと判断することができる。なお、(証拠略)によれば、原告は、昭和五九年四月一日以降においても、時に右肩、前上腕部の疼痛、しびれ感、吐き気などの症状を訴え、同年一二月二八日には和歌山医科大学附属病院で受診し、慢性疼痛の診断の下に治療を受けるようになった経過が認められるが、右証言及び前記証人博田節夫の証言によれば、右慢性疼痛は、多分に心因的な疾患であって、原告の場合、従前の疾患が基盤となって生じた精神的な抑うつ状態に増幅されて疼痛の継続を訴えているもので、従前の頸腕症候群の疾患そのものとは異質のものと認めることができるから、右の経過をもって頸腕症候群治癒(症状固定)の判断を左右する事情とみることはできない。そうすると、昭和六一年一二月一一日に労働保険審査会の裁決によって一部修正を受けた後の本件各不支給処分及び本件支給取消処分は、右と同様の判断に基づいて決定されたものとみなすことができるから、いずれも正当であり適法な処分というべきである。
四 以上のとおりであって、本件各不支給処分及び本件支給取消処分が違法であるとしてそれらの処分の取消を求める本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 弘重一明 裁判官 安藤裕子 裁判官 高橋譲)